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デザイナーに「良い感じで」と丸投げする前に。本当に価値が伝わるデザインを依頼するための準備

「なぜか、しっくりこない…」そのデザイン、原因はどこに?

広報や企画の担当者として、新しいパンフレットやウェブサイトのデザインを外部のデザイナーに依頼する機会は少なくないでしょう。「当社の強みを汲み取って、良い感じでお願いします」「ターゲットは30代女性です。おしゃれな感じで」――。良かれと思って伝えたはずの、こうした抽象的な言葉。しかし、上がってきたデザイン案を見て、「悪くはないけれど、何かが違う…」と感じた経験はありませんか?

修正を重ねるたびに増えていく時間とコスト。そして、本当に伝えたかったはずの自社の価値が、どこか薄まってしまったような感覚。この、もどかしくも“不幸な”すれ違いは、決してデザイナーのスキル不足だけが原因ではないのかもしれません。

「良い感じ」という言葉が、“不幸な仕事”を生み出す

なぜ、「良い感じで」という依頼は、期待通りの結果に結びつきにくいのでしょうか。それは、依頼者である私たちと、制作者であるデザイナーとの間に、事業に対する「認知のズレ」が存在するからです。

私たちは、自社の製品やサービスに長年携わる中で、その価値や背景、そして顧客への想いを暗黙のうちに理解しています。しかし、その「当たり前」は、デザイナーにとっては初めて触れる情報です。彼らにとっての「良い感じ」と、私たちが思い描く「良い感じ」が、最初から一致していることは稀でしょう。

この「認知のズレ」を放置したままデザイン制作を進めることは、羅針盤も海図も持たずに航海に出るようなもの。デザイナーは手探りでビジュアルを作り、私たちは完成形が見えないまま不安を募らせる。結果として、誰の心にも深く響かない、当たり障りのないデザインが生まれがちです。これこそが、事業者と顧客の間に生まれるべき幸せな関係を阻害する、“不幸な仕事”の正体ではないでしょうか。。

デザインとは「翻訳」。だからこそ「原文」の質が問われる

では、どうすればこのズレをなくし、本当に価値が伝わるデザインを生み出すことができるのでしょうか。その鍵は、デザイナーに依頼する前の「準備」にあります。

もし、デザイナーを単なる「作業者」ではなく、自社の想いをビジュアル言語に翻訳してくれる「翻訳家」だと捉えたら、どうでしょう。優れた翻訳家であっても、元となる「原文」が曖昧であれば、その魅力を十分に伝えることはできません。デザイン依頼における「原文」、それこそが、私たちが準備すべき事業の核となる情報なのです。

届けたい「たった一人」は誰ですか?

まず取り組みたいのが、マーケットを定義し、顧客の解像度を上げることです。「30代女性」といった大きな括りではなく、その人がどんな毎日を送り、何に悩み、何を喜ぶのか。まるで旧知の友人のように、その人物像(ペルソナ)を具体的に思い描いてみましょう。

  • その人は、どんなライフスタイルを送っていますか?(職業、家族構成、趣味など)
  • どんな情報源に日常的に触れていますか?(雑誌、SNS、Webサイトなど)
  • 自社のサービスに触れる前、どんなことで悩んだり、困ったりしていますか?

この「たった一人」に深く想いを馳せることで、デザインの方向性は驚くほど明確になります。その人が心地よいと感じる色は何色か、どんな書体なら信頼してくれるか。デザイナーと共有すべき判断基準が、自ずと見えてくるはずです。

その人に、どんな「価値」を約束しますか?

次に、その「たった一人」に対して、自社のサービスがどんな未来を約束できるのかを、明確な言葉にしてみましょう。単なる機能やスペックの羅列ではありません。あなたのサービスを通じて、その人の悩みはどのように解決され、どんな幸せな気持ちになれるのか。その「価値の約束」こそが、デザインで表現すべき最も重要なメッセージとなります。

このメッセージを軸に、デザインで伝えたい「雰囲気」や「世界観」を、具体的な言葉や参考画像(良いと感じる他社のウェブサイトや雑誌など)で集めておくと、デザイナーとの対話はさらにスムーズに進みます。

準備という対話が、デザイナーを最強のパートナーに変える

デザインを依頼する前の準備は、決して面倒な作業ではありません。それは、自社の事業が「誰のために、何のために存在するのか」という原点を再確認し、その価値を深く見つめ直す、きわめて創造的な時間です。

こうして磨き上げられた「原文」を携えてデザイナーと向き合うとき、彼は単なる制作者ではなく、事業の未来を共に考える戦略的なパートナーへと変わります。抽象的な「良い感じ」ではなく、明確なビジョンを共有することで、表層的な美しさを超えた、事業の魂が宿るデザインが生まれるのです。

もし今、デザインの発注で悩んでいるのなら、一度立ち止まって、自社の価値を「本当に届けたい一人」のために言語化することから始めてみませんか?その丁寧な準備こそが、関わる人すべてが幸せになるビジネス関係を創造する、確かな第一歩となるはずです。